「なろう系小説」の分析


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 日本最大級の小説投稿サイト「小説家になろう」はたくさんの書籍化作品を生み出しライトノベル系小説の激戦地になっている。
 2004年に小さな個人サイトとして誕生したが、しだいに投稿数が増え2010年に法人化した。
ここで人気が出る小説には強い共通パターンが見られるため「なろう系(小説)」というような言い方がされる。

 日本の歴史の中で、多数の専業プロ作家でないアマチュアの書き手が、趣味として長編小説を書く時代というのはこれまで存在しなかった。
 なぜ、日本人はいきなり、長い小説を書く能力を身に着けたのか。
 その答えが、「なろう系」の分析から見えてくる。

なろう系小説の「お約束」


なろう系小説には、頻出するパターン・キーワード(「お約束」「定番設定」)がたくさんある。



◎異世界転移/転生◎

 なろう系小説の多くは、主人公が「異世界」へ転移/転生する物語。
多くの場合、主人公は日本人としての意識を持ったまま転移転生するが、記憶を失っている場合も最初から非常に現代的な思考を持っている。

◎チート◎

 転移/転生を行ったという特異な経歴ゆえ、主人公は「裏技」に近いような異能を持つ。それを生かして、主人公はどこかのタイミングで最強になり強大な敵にも簡単に圧勝できるようになる。


◎知識チート・内政チート◎

 パラメータ的なチートがない場合も、現代の科学知識や社会知識を持っているがゆえに、遅れた異世界に革命をもたらすというパターンが多い。

◎ざまぁ

 とくにここ数年のなろう系は、主人公が異常なほど冷遇された状態から物語が始まることが多い。いじめられたり囮にされたり投獄や処刑といった目にあったり。
 そこから成り上がり、冷遇した者を見返す筋立てを「ざまぁ」と呼ぶ。

◎パラメータ・スキル◎

 異世界においてはごく自然に、人間にパラメータやスキルといったゲーム的数値が設定されていることが多い。

◎ハーレム◎

 主人公が何かというとトラブルに遭遇するのが基本的な物語作法になっていて、結果として主人公は頻繁に誰かを助けることになる。
 助ける相手は女の子が多く例外なく美形。助けた女の子は必ず主人公を慕うので、助ければ助けるほどハーレム化する。

◎異世界の特徴◎

 ・勇者と魔王……多くの世界では勇者と魔王が存在している。
 ・魔法……多くの世界では魔法が存在し物語上非常に重要な役目をする。
 ・ギルド……多くの世界では冒険者ギルドという組織があり、主人公はそこで活動する。カウンター前ではチンピラに絡まれ、美人の受付嬢と仲良くなる。
 ・学園……ギルドがない場合は学園があることが多い。多くは王立・国立で、エリートが集まる。主人公はそこに何も知らず入学し異彩をはなつ。
 ・王侯貴族……ほとんどの異世界は中世~ルネサンスのヨーロッパに似ており、王or皇帝がいて貴族が権力を持っている。
 ・獣人・亜人……多くの異世界には猫、ウサギ、犬、狼などの半獣人がいて、たいていハーレムの一員になるか好敵手になる。
 ・奴隷……なろう色の強い要素。いま世界的に、ファンタジーに奴隷制が描かれることはあまりないが、なろうでは頻出する。

◎典型的ななろう系の筋立て例(2019年時点)◎

 スキルやステータスといったものがありそれによって人の価値が評価される中世ヨーロッパを思わせる封建制の国。
 そこに生まれた、無能ゆえ冷遇されている少年は実は前世である現代日本人の意識を持っている。
 少年はついに追放され野山をさまよううち、現代人の知識を生かして特異な能力を身につける。
 そして辿り着いた街で冒険者となり目を見張る活躍を始め、美女美少女を周りに集めながら、自分を冷遇した者たちより上の立場になってゆく。

 なろう系の小説は、なろう内では定番となっている要素を取捨選択して取り入れつつ、細部を少しひねったりしながら作品世界を構築している。
 八割ぐらいが「お約束」の設定でできており、残り二割ほどで独自のアイデアを使おうとしている作品が多い。
 筋立ての大半を「お約束」「定番設定」の通りに書けばいい、という気楽さが、かつてないほどの量の「趣味で書いた長編小説」を生み出している。

なろう系の「お約束」はどこから来ているのか


ルーツ1)テーブルトークRPG

たとえば「冒険者ギルド」という特徴的な組織は、テーブルトークRPG、とくにソードワールドなどに出てくる「冒険者の酒場」が源だと思われる。
註)ソードワールド …… ダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)などの影響を受けて作られた、初の日本オリジナルのTRPGセット。

ルーツ2)コンピュータゲーム

日本の二大RPG、ドラゴンクエストとファイナルファンタジーの影響は意外にそれほどでもない。
が、勇者と魔王の存在や、人間にステータス値を振る、という発想は、テーブルトークから続くコンピュータRPGのお家芸。

ルーツ3)初期ライトノベル

実は「普通の少年が異世界に行く」というのは、初期ライトノベルに頻出したパターン。

異次元騎士カズマ(王領寺 静)

そのルーツを辿ると、60~70年代のSFジュブナイルに行きつき、そのさらにルーツに20世紀初期の異世界ファンタジーがある。

夕ばえ作戦(光瀬龍)
リリス(ジョージ・マクドナルド)
指輪物語(トールキン)

なろう系小説を構成する要素にはそれぞれルーツがあるが、全ての要素を兼ね備えた先祖はいない。また、どこから来たのかはっきりしない設定も多い。

「悪役令嬢」をめぐる議論


 異世界転移/転生と並ぶ、なろう系小説のもう一つの大ジャンルとして、女性読者向けの「悪役令嬢もの」がある。
 日本女性が転生したのち、転生後の自分が「乙女ゲーム」(アンジェリークや金色のコルダ、など)の登場人物であることに気づく、というパターン。

 自分が乙女ゲームの主人公を虐めその悪事ゆえに没落してゆく役回りのキャラクターだと気づき、没落を回避するためにシナリオを改変しようとする、という筋立てが基本となる。

 が、実はこの「悪役令嬢」というのは実際の乙女ゲーにはほとんど出てきたことがない、という指摘がなされ論議を呼んだ。

小説家になろうの「悪役令嬢」概念と「乙女ゲーム」

「悪役令嬢」という設定自体が実存する先行コンテンツから直接拾ってきたものではなく、なんとなく作り上げられて「乙女ゲームにありがちな」というイメージをまとってしまった存在だということになる。

 このように、なろう系小説に出てくる定番設定の多くは、複数の曖昧なルーツからなんとなく自然発生的に作り上げられて「よくある設定」という顔を持つようになったものである。
 そこには明確な作り手はおらず、ただ多くの作者と読者の暗黙の共通認識、つまり「お約束」だけがある状態になっている。

なろう系に対する批判


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馬に相当する生物を、「ソート」と呼んでも、作中では何の支障もない。
だったら、じゃがいもに似た作物だって、たとえば「ボルート」とかいう名前で呼んでもいいんじゃないだろうか?
けっこう安直に異世界感が出ると思うんだが、なぜみんなそうしない?
  ~中略~
どうも現代日本の異世界ファンタジーの多くは(もちろん例外もあるが)、「異世界」じゃなく、「なじみの世界」を描いてるんじゃないかという気がする。
じゃがいもなどの、この世界に普通にあるものや、エルフやゴブリンやドラゴンなど、ファンタジーRPGでおなじみの要素ばかり使っている。 それを読んだ読者も「異世界とはこういうものだ」という固定観念に縛られている。
「異世界」と呼んでいるが、実は読者が知っている要素だけで構成されている。
想像力や創造力という点で、100年前のバローズより後退してるんじゃないだろうか。

もう少しだけ異世界を異世界っぽく描いてもばちは当たらないと思うんだが。
 
SF作家 山本弘ブログ

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◎上記の批判は、なろう系小説の本質を図らずしてついた批判といえる。

◎たしかに、なろう系小説はスキル名や役職名などに、葛藤なく英語を使っていることが多い。独自用語をきちんと複数定義して使っているケースはほとんどない。 名前にかぎらず、ほとんどの要素に前例があり、定番化している。

◎が、それは、なろう系作者にとっては、「異世界が異世界らしくあること」はどうでもいいからではないか。
 さらにいうなら、「オンリーワンの世界観を作ること」「作品ならではの世界観を見せる」こと自体の優先順位が低いともいえる。

◎なろう系小説は、複数の作者と読者が世界観の大半を共有し、その中で創作をして遊ぶコンテンツだといえる。。

 各小説の基礎として、「なろう系ワールド」というべき、あまりきちんと定義されていない「世界観」がある。
 なろう系小説はその「世界観」を、共通フォーマットのように扱うことで創作を簡単にしている。

 それはRPGを一から作るのではなくRPGツクールで作るのに似ている。あるいは、服を一から作るのではなく吊るしのスーツを買って着るのに例えることもできる。

◎そのような創作法が好まれるようになり、多くのクリエイターが共通の暗黙の約束事の中でものを作るようになった現状を、80年代にいちはやく予言してみせたのが大塚英志「物語消費論」。

「物語消費論」で語られていること


大塚英志 「物語消費論――「ビックリマン」の神話学」1989
◎大塚英志は漫画編集者・漫画原作者

・漫画原作者としての代表作は「多重人格探偵サイコ」

・ロリコン漫画雑誌の編集長をつとめ、オタク系カルチャーの中心にいた。
・筑波大で民俗学を専攻しその方面への造詣が深い。


「物語消費論」抄録テキスト

大塚英志「物語消費論」のまとめ


◎読み切りの物語でなく、シリーズものの物語、それも断片的な商品の後ろ側にちらちら見えるような「世界観」を消費者は好むようになった。

◎「世界観」をバックボーンにして、無数に作られる記号的な商品(=「小さな物語」)をどんどん消費してゆくのが現代的な「物語消費」。

◎これは新しいマーケットのあり方、商品展開の新手法、というのに留まらない可能性を秘めている。

◎突き詰めていけば、「世界観」さえあれば消費者も簡単に製作者になれ商品が作れる、オリジナルとフェイクの区別が曖昧な状況が来るのではないか。

◎そもそも「世界観」を共有バックボーンに持つ考え方は日本人にとってはお馴染みで、歌舞伎はまさにそのようにして洗練されてきた。

こうして見ると、大塚の「物語消費論」は、現在の「なろう系」のような製作/消費活動のあり方を、30年近く前に見事に言い当てていたといえる。
なろう系においては、「世界観」は独創性がない、つまり共有されているからこそ意味がある。





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