失敗 トマト 炭酸 を選んだテキスト

テキスト①


[お題あてはめ]
主人公が越境する前の日常に深く関係しているものは? →失敗
主人公が「越境」する最初のきっかけを作ったアイテム・出来事は?→帽子
賢者が主人公に与えるものは? → 炭酸


[第四のキーワード]
嘆き

[完成したあらすじ]

さおりは、喪服を乱暴に脱ぎ捨てると、下着姿のままベッドに倒れ込んだ。
「どうして‥‥早すぎるよ‥‥おばあちゃん‥‥」

四日前、自身の進路のことで喧嘩し、そのまま口をきいていなかった祖母が、二日前に心筋梗塞で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
まだ七十三歳という若さで亡くなった祖母の葬式には、近所の人や町内会の役員さん、昔働いていた職場の人など、大勢の人が見送りに来てくれた。

謝罪をしたくても、もうできない。そんな後悔と祖母が亡くなった悲しみから、ベッドの中でずっとしゃくりあげながらわんわん泣いた。
数時間後、部屋がノックされ、さおりは慌てて部屋着を着ると「どうぞ」とノックをした主‥‥父親を部屋の中へ入れた。
父親は、泣き腫らした目をしたさおりに、あたたかいタオルとホットミルクを持ってきてくれていた。

「ありがとう」
ミルクを受け取り、タオルで目をあたためる。少しだけ落ち着けた気がした。
「これを、お前にやろうと思ってな」
そう言って渡されたものは、生前よく祖母が身につけていた帽子だった。
「いいの?」と聞くと、父は
「おばあちゃん、好きな喫茶店があったんだ。話をしたいから、一緒に行こう」
と、少し照れくさそうに言った。
「うん」そう言うと、父は泣きそうなさおりの頭を乱暴に撫でると、「準備ができたら声をかけてくれ」と言い、部屋を出ていった。
さおりは一番気に入っているワンピースを着て、渡された祖母の黒い帽子をぎゅっとかぶった。
防虫剤のような匂いがし、祖母を思い出すとまた泣きそうになった。

父に声をかけると、車に乗り込み、知らない道をゆっくりと進んでいった。
思えば、高校は勉強ばかりであまりこうして父とゆっくりと出かけることはなかったかもしれない。
古びた外観の喫茶店「かぎしっぽ」に着くと、ソファー席に案内された。
父は手慣れた様子でメロンソーダを二人分注文すると、「おばあちゃん、昔からこれしか飲まなかったんだ」と言った。

注文したメロンソーダフロートが届くと、父は「これこれ、なつかしいな!」と言いながら、アイスクリームを一口食べると、「あのな」と話を切り出した。
こうして、祖母の過去と後悔を、父から聞かされたさおりは、祖母からの深い愛を感じ、悲しみと後悔から立ち直っていくのだった。

[講評]

書き手も「あらすじというより冒頭になってしまった」と書いてあるとおり、物語のストーリーライン(構造)は見えてこないまま、主人公の事情と心情が丁寧に綴られていく。
そういう意味では実習的にはややハズレともいえるが、しかしこの冒頭の雰囲気の作り方、物語空間の作り方は鮮やかである。

おそらくこの書き手は、こういうじっくりと始まり主人公の心情を繊細に追っていく物語に多く触れてきたのだろうし、それが性にあっているのではないかと思う。
だから書き方も自然にそういうテンポになるのだと思われる。
つまり、実際に「物語を書ける人」であり、そういう素質を育てている人である。

逆に、こういう書き方ができる人ほど、しっかりしたストーリーラインを作ることが苦手になりやすい。ふわっと書き始めても書けてしまう筆力があるから、つい事前のプランニングがおろそかになる。
だから書き手のような人こそ、この実習のような粗筋制作法をどんどん実行していってほしい。

テキスト②


[お題あてはめ]
主人公が越境する前の日常に深く関係しているものは? → 帽子
主人公が「越境」する最初のきっかけを作ったアイテム・出来事は? → 失敗
現れた賢者の特徴は? → 炭酸

[第四のキーワード]
執着

[完成したあらすじ]

小春が1年のとき、外出先で帽子をかぶっていたのだが、それを偶然であった一色に褒められたことがきっかけで話すようになり、その後何度も会話しているうちに好きになっていった。

同じバスケ部なので、部活が終わった後、タイミングをはかり小春は一色に告白するも振られてしまう。
その理由は、一色がホストと付き合っていたからだ。
相手は23の男で、たびたび年齢詐称して一色はホストクラブで遊んでいた。

小春はどうにか2人を別れさせようと数々の作戦を試みる。
小春には7つ上の姉がいるため、いつもサワーを飲んでばかりの姉に相談するようになる。

小春は別れさせるためならホストがどんな目に会おうと気にしないので、徐々に法に触れるギリギリまで近づくようになる。
ある日、そのホストが一色が未成年にもかかわらず手を出したと知ると、ホストを殺してしまう。

一色は小春を警察につき出そうとするも、小春は大切な後輩であること、ホストに手を出されたことが嫌だったこと、自分が事情聴取されれば年齢詐称してホストで遊んで酒を飲んでいたことがバレるので、警察に突き出せなかった。

[講評]

いろいろな意味で、読んでいて驚かされた。
「冒険物語のあらすじを作れ」というテーマからいえば、異例のストーリーであるが、ここにはたしかに「越境」があり、執着から生まれるある種の冒険がある。
女性が女性に告白し振られるところが第一の「越境」であり、そこから相手と男を別れさせようと決意するところ、さらにそこから殺人にまでエスカレートするところ。
これは主人公の小春が、小刻みな「越境」を重ねて取り返しのつかないところまで行ってしまう、リアルでシリアスな冒険物語なのである。
こういう物語をたくさん読み心にインプットしている人でないと、こういう流れの物語はなかなか思いつけない。ひとつの素質であるといえる。

小春の心理の流れは非常に自然であり、だからこそこの物語は説得力を持っている。
ひとつ傷があるとしたら、賢者にあたる主人公姉の役割が曖昧なところ。サワー好きという設定もいかにも付け足しに見える。
たとえば「ホストを殺すのに、姉から教わった炭酸にまぜる毒を使う」というような追加設定があれば、姉の存在と炭酸というキーワードがより生きたかもしれない。

テキスト③


[お題あてはめ]
主人公が越境する前の日常に深く関係しているものは? →失敗
現れた賢者の特徴は? → 帽子
主人公が越境するさいにキーになったものは? → 炭酸

[第四のキーワード]
依存

[完成したあらすじ]

大学生の水野は自他ともに認める奇跡の不幸体質である。

この日もバイトで大失敗をやらかしクビを告げられた帰り道だった。
彼は家までの近道である薄暗く人気のない裏路地に入ったところで、見覚えのない自販機を見つける。
気分転換に水を買おうとする水野だったが、出てきたものをよく見てみると、ラベルに聞いたこともないメーカーの名前が入った謎の炭酸水であることに気がつく。

バイトをクビになった挙げ句、間違えて苦手な炭酸飲料を買ってしまったことで日頃のストレスが爆発し、やけになって炭酸水を一気飲みする水野。
すると、突然脳裏に、路地を抜けた先で人とぶつかり怒鳴られている自分の姿が映像のように浮かぶ。

不思議に思いながらも特に気にせず歩を進める彼だったが、大通りを抜けたところで思い切り人とぶつかってしまい罵声を浴びせられる。
それが先程見た光景と全く同じであったことに驚き呆然と立ち尽くすことしかできない水野。
ぼんやりとした頭のまま帰宅するも、あの炭酸水のことが頭から消えなかった。

それから数日、彼は何度か炭酸水を口にしたことで、それが未来を予知する能力を与えてくれることを確信する。
原理はわからないが、それで不幸を免れることができるなら、仕組みなどどうでもよかった。

そうして炭酸水を使いながら過ごしていると、彼のもとに見知らぬ男が接触してくる。
帽子を目深にかぶり、表情の見えない男はどこか怪しい雰囲気をまとっていた。

男が言うには、炭酸水、正確にいうと炭酸水に入っている人間の第六感を覚醒させる物質を作ったのは自分なのだと言う。 そしてその物質を混入させた飲料をあの裏路地にある自販機に工作員を使ってこっそり紛れさせたこと、飲んだ人間の中でも効果が出るのは適性のあるごく一部のみであることを語る。

訳のわからないことを次々に聞かされ混乱している水野にたいして男は、炭酸水を支給することと引き換えに実験に協力してくれないかと交渉を持ちかけてくる。

[講評]

まず、主人公に「不運」というはっきりした特徴を付与しているところがグッド。
路地で買った炭酸水が、幸運をもたらすのではなく予知を与えるというのも的確な設定。
主人公は不運体質ゆえに、それを不運を避けるのに使う。
主人公の特徴が、主人公を動かすわかりやすい動機になっているので、全体の流れがスムーズである。

怪しい男が訪ねてきて実験につきあうことになる、という展開も、定番といえば定番だがわかりやすくてよい。
全体的にきっちり組み立てられた粗筋で、楽しく読ませてもらったが、不幸体質ゆえに消極的な主人公が、このあとどのように冒険していくのかが気になるところ。

そのために、主人公がこの後、実験に積極的につきあっていくための動機が、欲をいえばもうひとつ欲しい。炭酸水の支給だけではちょっと弱い感じがある。
「大金を提示される」とか「不運体質を根本治療できるといわれる」とか、主人公をもう一押しさせる動機が加われば、今後の展開にワクワク感やハラハラ感が出るだろう。
また、副作用についてもちょっと匂わせてあればさらによかった。
(アイデアメモのほうにはいろいろとアイデアが書いてあったので、このあたりも書き手の視野には入っていたのだと思われる。)

テキスト④


[お題あてはめ]
主人公が越境する前の日常に深く関係しているものは? →失敗
主人公が「越境」する最初のきっかけを作ったアイテム・出来事は?→炭酸
現れた賢者の特徴は? → 帽子

[第四のキーワード]
両片想い

[完成したあらすじ]

月野かおりは都内の大学で教育学を専攻する学生。
家の近くのカフェでアルバイトしていたが、ある日態度の大きいお客さんに腹が立って思わず殴ってしまう。
そのことが原因でアルバイトをクビになり、絶賛新しいバイト探し中。

とりあえず気分を晴らすために大学の友人を誘って居酒屋で飲むことに。
アルバイトの愚痴やアルバイトがないかを話していた。
お酒も進み、酔った勢いでお酒を隣の卓にこぼしてしまう。
隣の卓には水浸しになった、いかにも高級そうな腕時計が‥‥。

持ち主らしき人物を見ると、それは帽子をかぶったイケメン。
かおりがアルバイトを探している話が聞こえていたイケメンは、腕時計のお詫びをしてもらうためにかおりについてくるよう伝える。
ついていった先はなんとヤクザの家。
アルバイトの内容は、自分の若頭の家庭教師をしてほしいというものだった。

危険なことばかりだが、腕時計を弁償するためにかおりはヤクザの若頭の家庭教師をする覚悟を決める。
そして家庭教師をしていくなかで、かおりは若頭にたいして特別な感情を抱くようになってしまう。
それは若頭も同じなようで。

[講評]

毎年、わりと虚無感のある主人公像が多いなか、この話のように気っぷがいいタイプの主人公像は新鮮。
ここに書かれている行動だけでも、竹を割ったようなタイプで少々がさつ、というイメージが伝わる。

異世界や不思議パワーを出す話も面白いが、それを出さず現実的な展開で話を作っていくのも珍しく面白い。
推測だが、書き手はテレビドラマや女性向け漫画をたくさん消化してきた人なのかもしれないと感じた。
細部を補足していけば、このままでもネット向けのドラマの基本設定になりうる話の組み立てである。

ただ、いくつか傷はあって、ひとつは主人公が、ここの情報だけだとマイナス面が強調されてしまっていること。
ラブコメの主人公なのだから、ちょっとしたところで読者に好感をもたせる情報が欲しい。
たとえば腕時計を水浸しにしたあと、すぐに自分から「弁償する」と言い切って譲らない、とか。そういうちょっとしたことである。

もうひとつは、肝心要のお相手、若頭の情報がないこと。
いくつなのかも、どんな青年なのかもわからないのがいささか残念だった。

テキスト⑤


[お題あてはめ]
主人公が越境する前の日常に深く関係しているものは? →失敗
主人公が「越境」するのを妨げる、アイテム・出来事は?→帽子
主人公が越境するさいにキーになったものは? → 炭酸

[第四のキーワード]
落ちる

[完成したあらすじ]

山田優太は高校二年生。何をやっても失敗ばかりで、自分に自信がなく、前髪を伸ばして顔を隠し、いつも深く帽子をかぶっている。
弟の賢太は兄と違って出来が良く、なんでも器用にこなしてしまうため、親も弟ばかりを可愛がるようだった。

何も面白くない、楽しくない日々。つまらなそうに散歩していたら喉が渇いてきた。
自動販売機でお茶でも買おうと小銭を取り出したら、うっかり落として排水溝に消えてしまった。
ため息が出る。仕方なく小さいサイズの炭酸飲料を買った。
すると上から何か落ちてきた。カラスのふんだ。

ふと何もかも嫌になって炭酸飲料を下に投げつけようとした。だができなかった。かわりに思い切り振ってみた。
少しスッキリしてふたをあけると、勢いよく泡が吹き出し、驚いて落としてしまった。すると、クスッと声がきこえた。

「久しぶり、優太くん」
小学二年くらいのとき転校していった美果だった。
「少し話さない?」と美果。
公園のベンチで2人並んで座った。何気ないことを話した。それなのにとても楽しかった。
「ねえ覚えてる?」美果が唐突にそう言った。なんのことだろうと思った。
「優太くん昔、木から落ちた鳥のヒナたちを自分の帽子に入れて戻してあげたんだよ」
そんなこと、あっただろうか。

「優太くんは誰よりも優しいこと私知ってる。だからもっと自信もって」
そう言って美果は笑った。「またね」といって去っていく美果。
美果にとっては何気ない言葉だったのだろうが、なぜか心にしみていった。
風が強く吹いて帽子が飛ばされて落ちた。
何か自分の嫌なものも一緒にスッキリ落ちた気がした。明日から新しい自分になれたらいいな。

[講評]

とてもいい話。主人公、優太のプロフィールや性格が丁寧に語られ、うまくいかない日常の感じがよく出ている。
優太はちょっとしたところで不器用(コインを落とす場面)で、思い切ったことができず、そのぶん優しい。
そういう人間が、自分に好意を持つ人間に会って、要領の悪い自分を少し許せる気分になる話である。
書き手の着実な構想力と筆力がうかがえる。

が、これは、このテキスト単体で冒険物語かというと、わりと微妙である。というのは、優太が「越境」したか、冒険したか、が微妙だからだ。
たしかに幼馴染との再会は「越境」と言えるだろう。優太の心は大きく動いている。
が、これを完結した物語と捉えるなら、優太は自分では何もしていない。ただ、誘いに乗って話をしただけである。

だからこの粗筋は、冒険物語的に言えば、「決定的な越境の前の、一段階目の越境までの粗筋」と捉えたほうがいいかもしれない。
たとえば、美果と連絡先を交換し、翌日連絡しようとしたらつながらず、美果は行方知れずになってしまう。
優太は彼女を探す、望みの薄い探索を始める‥‥といったふうに。
そういう本格的なドラマの始まりだと考えれば、この粗筋は非常に優れている。

雨 トマト 電気 を選んだテキスト

テキスト①


[お題あてはめ]
主人公が越境する前の日常に深く関係しているものは? →トマト
主人公が「越境」する最初のきっかけを作ったアイテム・出来事は?→電気
主人公が「越境」した先の世界の、特徴or特徴的なアイテムは? → 雨

[第四のキーワード]
ウリ

[完成したあらすじ]

主人公はトマト農園を経営していた。しかし、売れ行きはあまりよくなく、温室の改良を研究していた。

ある時、トマト農園に強盗が入ってきて金庫から金を盗み、逃げ去ろうとする。
主人公はその犯人を追いかけるためにトマト農園に走る。非常用に持っていたスタンガンを使い、撃退する。
その際にスタンガンを振り回し、いくつかのトマトに当たってしまう。
その電気が流れたトマトは紫色に変わり、食べてみると糖度や美味が格段に上がっていた。
主人公はそのことに気が付き、新商品「紫色のトマト」を販売し、大きな成功をおさめる。

しかし、ある日、謎の組織が現れ、電気トマトは自分たちの技術だと主人公を訴える。
裁判の場でも証拠が不十分であったり、周りの人たちも否定してくるなどし、敗訴する。
その結果、賠償金と営業停止を言い渡された。

温室を解体しているととつぜん雨が降り、電気トマトに雨が触れる。その瞬間電気トマトが光り、中から美しい謎の生命体が生まれた。
その生命体は人の言葉を話し、短時間で成長し続けた。とても友好的だった。
その生命体は不老不死であり、人ではありえないほどの力を持っていた。

そして徐々に変化していく生命体の態度。
この生命体の正体とは?全てを丸めこんだ謎の組織の本当の目的とは?
禁忌に触れてしまった主人公は世界の均衡を崩してしまう。

[講評]

実習の目的をよく理解し、ハチャメチャなストーリーラインを組み立ててくれている。
コメントには「突拍子もない展開は、ある程度の範囲を超えてしまうと受け取り側に好かれなくなる可能性があると感じた」とあり、それはその通りなのだが
実は商業作品でも、許される強引さやぶっ飛びっぷりの範囲は相当に大きい。

足にかいわれ大根が生えるようになり、温泉治療に向かうはずが地獄めぐりの旅に出る「カンガルー・ノート」(安部公房)
勃起すると数日後そこにロケットが落ちてくる運命を持つ主人公の冒険「重力の虹」(ピンチョン)
著名作家の作品にもめちゃくちゃなものはたくさんある。

この粗筋の場合も、情報を補完していけば十分に説得力を持つようになる。
電気や雨に触れてトマトが変質する、というのに「なぜ今まで見つからなかったのか」という理由付けの情報が付加されると一気によくなるだろう。
その際にポイントになるのが「イメージ」「キャラクター」であり、たとえば現れた生命体の容姿や口調や性格が、物語としては重要になってくる。

テキスト②


[お題あてはめ]
主人公が越境する前の日常に深く関係しているものは? →雨
主人公が「越境」する最初のきっかけを作ったアイテム・出来事は?→トマト
主人公が越境するさいにキーになったものは? → 電気


[第四のキーワード]
絶望

[完成したあらすじ]

梅雨明けには程遠く、ざーざーと雨が降る夜、大貴は冷蔵庫にトマトがないことに気づいた。
「あれ?ないじゃん。買ってくるか」
キッチンにはコトコトと煮立っているスープがある。
後はトマトを入れてミネストローネの完成、というところで発覚した問題だった。
そのままでもスープは食べられるが、大貴の口はミネストローネだ。
仕方ないと大貴は傘を持ち、コンビニに向かった。

家からコンビニへの道には薄気味悪いトンネルがある。
が、手前の神社を通ればトンネルは通らなくてもいいし、近道にもなるため、大貴はいつもそこを通る。
だから今日も神社を通った。
人気のない神社にはきつねの地蔵が多くあり、夜のせいで、いつもは気にもしないきつねの視線を感じ、少し怖さを覚えた。
石畳がなくなると地面は土になる。雨のせいで土がぬかるんでいるため、帰りはトンネルで行こうと大貴は決めた。

コンビニでトマトを買い、トンネルの入り口に来ると花が供えられていた。
「誰だよ、こんなところに供えたの」
気味悪がりながらもトンネル内へ足を進める。
20Mぐらいのトンネル内は、やはり気味が悪い。
特にジリジリと音を立てながら光る電灯や、チカチカと点滅する電気は雰囲気をより引き立てていた。
やがて電灯が全て光ったかと思うとすべて消え、また元のようにジリジリ、チカチカ電気が鳴っている。

「びっくりしたー。雷でも落ちたんか?」
そう思い大貴はトンネルを抜けた。だがしかし、大貴が立っていたのは、花束が供えられたトンネルの入り口だった。

「うそだろ」
本当ならすぐ見えるところに、神社の鳥居が見えるはずなのにまだ見えない。
暗いせいかと思いそのほうへ歩いてみるが鳥居はなく、なんならコンビニも見当たらなかった。
もう一度トンネルをくぐったら行けるだろうと思い、出口へ向かったが、また同じ景色が映っていた。
「なんなんだよこれ。嘘だよなあ」
大貴は焦燥と絶望に満ちた。

[講評]

ホラー的な演出と筆致が出色。
「必ずしも買わなくていい食材」を買いに出かけて異界に迷い込むというのが、まずいい。家の近くで迷うというのもいい。
身近にあるホラー感がいい味を出している。

感心したのは、この書き手の中に、舞台の地図がある程度出来ていること。
トンネルがあり神社の細道があり、その間の位置関係がイメージできているので、読者にもそれが伝わる。神社の中の道もきちんと描写されている。
なんてことないようだが、実はそれができる書き手は意外に少ない。

無限ループがどうなっていくのか、先が気になる粗筋で、面白く読んだ。
ただ、主人公の情報がやや足りない。とくに彼の年齢がわからないのは傷で、少年なのか青年なのかでだいぶイメージが変わってくるだろう。(設定には書いてあるので書き落としか。)

テキスト③


[お題あてはめ]
主人公が越境する前の日常に深く関係しているものは? →トマト
現れた賢者の特徴は? → 電気
主人公が越境するさいにキーになったものは? →雨

[第四のキーワード]
信頼

[完成したあらすじ]

赤羽ウィルは経営難に陥ったトマト農家。
経営を回復させるためにウィルの息子ソーンは、経営アドバイザーAIロボット「ジョン」を購入。
最初は嫌がっていたウィルも、回復し、黒字になった売上を見てジョンを認める。

そしてある雨の日、買い物帰りの2人と一台を乗せた車は事故にあい、ウィルとソーンは死亡、ジョンは大破してしまう。
しかしこれは事故に見せかけた暗殺だった。
AIロボットにあるまじきエラーを起こしたジョンの復讐が始まる。

[講評]

粗筋の最後まで、主人公が誰なのかわからない。これはたいへん面白いと思った。
冒険物語の序盤としてはだいぶ変わった形だが、実はこういう始まり方の小説には本格的な名作が多い。
とくにSFやファンタジーにおいてはそうで、展開の先が読めないというのは大きな魅力である。

ただこの粗筋の場合、やはり全体的に情報が足りない。
陰謀の黒幕について全くヒントがないし、ソーン、ウィル、ジョンの性格についてもよくわからない。
なかでも足りないのは真の主人公ジョンのプロフィールで、経営AIということ以外情報がないので魅力が伝わらない。
どんな強みを持つAIなのか、生みの親ソーンとの関係はどうなのか、といったことが少しでも書いてあれば、と思う。惜しい。

テキスト④


[お題あてはめ]
主人公が越境する前の日常に深く関係しているものは? → トマト
現れた賢者の特徴は? → 雨
主人公が越境するさいにキーになったものは? →電気

[第四のキーワード]
万引き

[完成したあらすじ]

物価の劇的な高騰により、国から自給自足の生活を推奨され、多くの人が自分の畑や田んぼを持ち、食に関しての自給率を上げていた。
丸山緑の家は昔から続くトマト農家だった。この世間の波から、丸山家もトマト以外も育てるゆになったが、豊作を願ってトマトはずっと生産してきた。

ある時から、突然荒れた天気が続くようになり、不作の日が続くことになる。
そのため多くの世帯の生活が困窮してしまう。厳しい生活が続き、連日わずかに店に並んだ高値の商品が万引きされるというニュースが絶えない。

丸山の家も貯金が底をつきそうになり、ついに丸山も万引きすることを決意する。
その日も雨だった。
万引きする店の前まで向かうと、土砂降りの雨の中、傘もささずに立っている人を見つける。

よく見ると、その人は昔無断でいなくなってしまった、幼馴染の黄瀬龍太だった。
次の瞬間、空から雷が落ち黄瀬に直撃。
丸山が「龍太」と叫ぶと、黄瀬はそこに立ちすくんだまま。
丸山を見るやいなや丸山に駆け寄る。

「僕は雷様の息子。君を助けにきた」と丸山の手をとる。
異常気象の原因を知っている、雷様の息子と名乗る幼馴染との、国を救う共同生活が始まる。

[講評]

まず、構想している設定のスケールが大きい。これがこのあらすじのユニークな点。
主人公が困窮してゆく展開を作るのに、国の政策から語り始めている。
社会の流れを描写してから主人公に視点が移動するので、主人公がなぜ困り、どう困っているのかがよくわかる。

困った主人公が企てるのが万引きだというのも、自然に主人公の善良さを表現していてとてもいい。
ここまでは設定がよく噛み合い、満点といえる粗筋の流れだった。

惜しむらくは、賢者役であり相棒役である黄瀬の登場と設定がやや唐突なこと。
メモのほうにあった、少年時に黄瀬が主人公のトマトを食べて感激した、というエピソードを入れたり
主人公の万引きを直接的に止めようとしたりすれば、もう少しつながりがよくなったかもしれない。

テキスト⑤


[お題あてはめ]
主人公が「越境」する最初のきっかけを作ったアイテム・出来事は?→電気
主人公が越境するさいにキーになったものは? →トマト
主人公が「越境」した先の世界の、特徴or特徴的なアイテムは? → 雨

[第四のキーワード]
幻覚 幻聴

[完成したあらすじ]

無名の俳優、荒木三郎は人生に行き詰まり薬に手を染めていた。
ある日いつもの取引の場に行くと、胡散臭い売人から「今までで一番のモノがある」とすすめられ買ってしまう。

家に帰り見てみると「一口かじるだけ」と書かれた紙と、一つのトマトが入っていた。
半信半疑でかじってみると、身体に電気が走るような感覚があり、気を失ってしまい、目が覚めるとそこは舞台袖だった。

訳の分からないまま舞台に引っ張り出され役を演じると世界中に称賛された。
しかし、いい気になった彼は人を見下し、周りの人々から敬遠されてしまい、絶望しまたトマトをかじった。

すると今度は研究者となり、前の反省から人々のために世紀の大発明をした。
しかし、それを悪用した者によって多くの犠牲者が出て、しまいには世界を支配されてしまった。
それに彼は絶望し、ふたたびトマトをかじる。‥‥時が流れて最後の一口をおもいきり頬張った。

そこは冷たい雨の降る夜だった。

[講評]

まず、キーワードあてはめで「越境前の主人公の日常」にキーワードを入れなかった数少ない人のひとり。
どういうわけか、今年は最初の欄にキーワードを入れる人がほとんどだった。
そんな中、数少ない例外の人は、やはり一風変わった面白い話を作ってきた。

トマトをかじることで、成功と絶望の人生を何度も体験する(幻覚を見る)という設定、かなり面白い。
デビッド・リンチなどの悪夢系映画の雰囲気、あるいはカート・ヴォネガットのようなシニカルなSFの雰囲気が漂っていて興味を惹かれた。
最後にたどり着くのが冷たい雨の夜、というのも終末感があってよい感覚である。

ただ、せっかく薬がトマトなのだから、見る幻覚にも、どこかにトマト、もしくは血、もしくは赤が登場してほしいところ。
そういった要素をちょっと追加できていれば、危険なトマトの存在がさらに際立っただろう。





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